さて、表題にあるように経験も歴史も共に過去の出来事を言います。
愚者も賢者も過去に学ぶという事です。
しかしこの場合の過去は、その半面しか見えないところに問題があります。
人は、過去の経験のうち、成功体験に執着します。したがって失敗を分析しません、切り捨てます。
歴史は、勝者によって書かれます。敗者は歴史から姿を消してしまいますので、敗因を細かに知ることは難しい。

ある事業を進める場合、「失敗する確率」と「投下金額」のかけ算で、損失の期待値を計算します。
日本人経営者は、失敗確立を下げる事を重視するようです。そして失敗する確率が低いと判断すると、一気に投資します。しかし、失敗確立が低いという判断は、経験によるものが殆どで、それも成功体験が中心となります。これは、客観的に考えるとかなり危険な賭けのように見えますが、短期に成功するにはこれしかないわけです。日本の経営者には時間があまりありません。任期が5年から精々6年くらいです。もっと短いかもしれません。そんな短期に成果を上げ、株主を満足させるには、10年20年先を睨んだ地道な経営方針を打ち出すわけにはいきません。そんなころには、本人はもう会社にはいないからです。本当に社の将来を考える余裕はありません。
そんな、状況下でシャープ、東芝の失敗が起こるわけです。
目の前に流れる川の「深さ」を確かめないまま、渡れると思い込んで足を踏み込んでしまう。過去の成功体験は自信過剰を招くわけです。

誰しも、失敗は忘れたいものです。実際、人間の脳は嫌なことは早く忘れるようになっているようです。ですから、昔の思い出は良い事の方が多いわけです。苦労も懐かしい思い出として蘇ります。しかし、失敗と向き合いその原因が自分自身にあることを痛感し、そのことを心に刻むことは辛く、難しい事です。

「こうすれば成功する」というよりも、失敗の原因をじっくり調べ、それを自分に返し、「失敗しない」ことの積み重ねが、成功への道なのではないでしょうか。

カテゴリー: ARE YA KORE

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